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| 1995年頃 |
某人物が募集していたメン募の紙を藤島と嶋田が共にちぎって出逢い、母体となるバンドがスタート、その後平田が加入。一時はホーンセクションを含む9人もの大所帯バンドとして活動していたが、すぐさま現在の3人のメンバーに落ち着く。 |
| 1996年 |
スマイリー原島プロデュースのポニーキャニオン制作のコンピレーション『INDEX~Girls Ambient Pop』に参加、収録曲「Friend
of mine」がカレッジチャート1位を獲得。 |
| 1997年3月 |
インディーズのトナカイレコードから「Sunny Silent Park ep」リリース。HMV渋谷チャート2位など大きな反響を得る。 |
| 1997年7月 |
SMEレコードより「Joy of Living」でメジャーデビュー、FM802でへビーローテーションを獲得するなど一気に知名度アップ、各媒体でもかなりの反響を得る。 |
| 1998年 |
2ndシングル「I love your smile」をリリース。各FM曲でパワープレイなどを獲得。 |
| 1998年5月 |
3rdシングル「Parade」をリリース。CrossFMなどでパワープレイ獲得。 |
| 1998年6月 |
1stアルバム「Swinging Popsicle」リリース。小規模のプロモーションにもかかわらず、インストアLIVE、FMの公開LIVEなどでじわじわと浸透し、結果この年のSME新人のリリースでNo.1のセールスであった。 |
| 1998年10月 |
ミニアルバム「Heaven」リリース。この頃から新しい世界観を提示し始める。 |
| 1999年12月 |
初のワンマンを大阪心斎橋クアトロで行う。400以上の動員。 |
| 1999年6月 |
4thシングル「Remember」リリース。都内各FM曲でのパワープレイ。 |
| 1999年11月 |
5thシングル「サテツの塔」リリース。HEY×3のエンディング、ほとんどのTV音楽番組(HEY×3、うたばん など)に出演。 |
| 2000年1月 |
2ndアルバム「Fennec !」リリース。各媒体で大絶賛。
3月から東京、大阪、、仙台、広島にて「Fennec !ツアー」を行う。
いずれも300〜400人の動員。 |
| 2001年 |
ハードな音楽性の中にポップさを折り込んだ英語中心の楽曲が並ぶ「Change ep」をリリース。 |
| 2002年 |
今をときめくプローデューサー冨田恵一氏を迎えたシングル「オレンジ/遠い空」、初のコンセプトアルバムとなる3rd「swinging
of eden」をリリース。 |
| 2003年 |
フリッパーズ・ギターのトリビュートアルバムへの参加など、それぞれ異なるアプローチで独自のポップスを展開。 |
| 2004年 |
フレイヴァー・オブ・サウンドより4thアルバム「transit」をリリース。大人による大人のためのギターポップサウンドを表現。その「transit」が韓国でも発売され、3度に渡る韓国公演も実現。SWAN DIVEとの共演や第六回全州国際映画祭にてもライブを行う。 |
| 2005年 |
韓国特別編集盤「Orange , Change, Wild Sweet」の発売や、韓国で人気のマンガ“Cracker”のコンピレーションアルバム「CRACKER〜compilation
for a bitter sweet love story〜」にも参加し、韓国での活動を深める。 |
| 2006年 |
アメリカはサンノゼで行われたイベントFANIMEに出演し、初となるアメリカ公演を実現。全ての物販が売り切れるという熱狂的歓迎を受ける。 |
| 2007年 |
デビュー10周年にして自らのポップスを更に進化させる日米韓の3カ国発売の5thアルバム「Go on」を発表。再びヴァージニア州でのイベントAMAに出演し、ニューヨークのKnitting Factoryにてワンマンライブも成功させる。帰国後には毎回ソールドアウトとなっている440でのワンマンライブを行う予定。デビュー10周年にしてますますアグレッシヴに活動中! |